2000年にアメリカで世界初演、2001年英語で日本初演されたオペラ《源氏物語》の日本語版は英語版と並行して作曲されているが、残念ながら初演はまだ行われていない。しかし今回「源氏物語千年紀つるおか企画」として三木稔作曲オペラ《源氏物語》ハイライト・コンサートが山形県鶴岡市で企画され、10月7日鶴岡市文化会館、5日(日)にはプレコンサートが14:00から東邦音楽大学川越キャンバスのグランツ・ザールで行われる。
アリアを中心とするハイライト・コンサートながら、はじめて日本語での演奏機会が作られた。日本人にとっては英語のときより当然はるかに理解しやすい。下記の東邦音楽大学のホームページで詳細を見られる。
http://www.toho-music.ac.jp/event/detail_j.html?topics=573
全曲で3時間のオペラを、1時間のハイライト・コンサートにするので、勿論オペラではないが、スタッフ・キャストは下記のように豪華である。指揮:吉田裕史、合唱指揮:苫米地英一、桐壷帝:佐藤泰弘、光源氏:柴山昌宣、頭中将:上原正敏、藤壺:三縄みどり、六条御息所:宇佐美瑠璃、明石の姫:大貫裕子、葵上:武藤直美、紫上:戸山 愛、オーケストラ:東邦音楽大学管弦楽団、中国琵琶:シズカ楊静、新筝:木村玲子、合唱:東邦音楽大学声楽科大学院生、プロデューサー:毛呂文紀
【事後追加】このハイライト・コンサートは私の予測を遥かに超えて有効なプロジェクトであった。2001年日生劇場で行われたセントルイス・オペラ劇場の英語による日本初演は、極めて音楽的・芸術的(HP内「三木オペラ作品への招待」参照)で、ヴィジュアルにも背の高いアメリカ人のほうが架空の平安貴族を演じるのにむしろ向いているのではないかという、聴衆の声が圧倒的であった。しかし日本語字幕付外国語上演が常にそうであるように、言葉に反応してオペラの真髄や歌手の表情を理解することは不可能である。その点、きちんと書かれた日本語でアリアや合唱が歌われるときの、この分かりやすさ、隅々までドラマに感応するということの尊さは何という感動であろう。
かつて黛さんはドイツ語で書いた《金閣寺》を日本語で上演など絶対にしないとおっしゃっていたが、当時から私はその意見には添いかね、日本の作曲家は必ず母国語のヴァージョンを用意すべきであると確信していた。これは今回や、2005年の《じょうるり》日本語版初演を経た上で、三木稔という作曲家の中で絶対的なものとなった。
もう一つ、高度の民族楽器ソロを中心に持つオーケストラが舞台上に位置すると言うことは、かつての時代のように単なる伴奏ではなく、器楽が、歌われる言葉と等価値をもつよう作曲され、重層し、時には対位的に克明にオーケストレーションを施された作品の場合、その器楽が、信じられないくらいの大きさでオペラの表現力に寄与することが確認できた。今回企画に参画し、指揮をした吉田君だから出来たのかもしれない。彼は若くしてイタリアを主戦場としているが、日本のオペラの将来を背負って立つ人材であることを、これは確信した。
ホールオペラ的なアプローチでは、歌手たちの演技エリアをどこに設定するかによるが、今回のように舞台前面に持ってくる場合、残された問題点は、歌手たちがオケにくっついている指揮者を見られないということである。しかし、舞台面から本来ピットの指揮者がいる位置まで桟橋型のスラストステージを突き出し、突端に最近普及した大きなモニターを一つ置けば、視覚的にはオペラ公演同様の設定になるので演奏上の問題は解消すると、本番を聞きながら考えた。舞台前面に3台ものモニターを置いて実行しているホールオペラがあるようだが、その必要はなかろう。
更にもう一つ、世界を襲った金融危機に発して、文化は今後恐るべき大リストラ状態の連鎖に見舞われることは明らかである。大オペラを本来の形で上演することが困難であれば、その本質を伝えつつ、極端な省エネ上演を繰り返して、この世界同時不況に対処せねばなるまい。私が北杜国際音楽祭で実行しているような「東西オペラアリア・コンサート」は、その意味も充分持たせているが、この特定のオペラのハイライト・コンサートもしくはホールオペラ上演は,今後ますます盛んになるに違いないと思った。オペラ《源氏物語》の場合、極めて特殊な条件を備えている。★知名度の高い原作を垣間見たい、★オペラで国際的に大きな成功を収めている作品に接したい、★1時間少々の鑑賞で原作とオペラの体験者になれる、★何万円というオペラ料金でなく、その何分の一の入場料で気楽に聞きにいける、★現在は日本人の現代作品などほとんど目もくれない音楽大学教育であるが、作品によってはそれも重要なカリキュラムになるし、オペラという総合芸術でそれを推進するという、願ってもない本筋に立ち返って貰う可能性がある。
私のオペラ《源氏物語》は、「結出版」で英語五線譜・日本語五線譜の両方が付いているヴォーカルスコアをコピーで販売しているが、一般の出版はしていないし、日本語版初演もされていない。また主なアリアが入る予定の全音楽譜出版「三木稔オペラアリア集II」は今年には間に合わなかった。1014年に紫式部が書き上げたと信じていて、源氏物語の1000年目を祝う行事は2014年ころと考えていたので、突然の「源氏物語千年紀」にオペラをいろんな形で紹介する構想は一切していなかった。従って鶴岡のハイライト・コンサート企画には驚いたし、ほかにも私の全く知らないところで、ソプラノ二戸敦子さんが11月8日夜仙台、28日夜山形で各ソプラノ役のアリアを歌うほか、27日3時からの岐阜サラマンカホール「千年の恋歌」では、二期会のソプラノ横山恵子さんとバリトン成田博之さんが後半の3曲を歌ってくれることが最近わかった。イタリアオペラの名曲群にはさまれてとはいえ、ありがたいことである。
今回の鶴岡公演を企画したプロデューサーたち皆さんは、上記の各★のことを100%体感したようである。今回の企画が改良されつつ東京・京都・そして日本各地での上演、特に若い人たちへの機会を経て、内容が衆知のものになり、近い将来、必ずや本確的なオペラ《源氏物語》日本語版初演に繋がっていく夢を見てもいいのかなと、この商業的とおぼしい突然の「千年紀」を解釈している。
11月3日NHKBS2で「〇〇〇の源氏物語」という番組を見る。昨年の大河ドラマでいい仕事をしていた若い作曲家に期待して、なんとか時間を捻出して見たのだが………….絶句。
源氏から1000年、都が去って160年、京都の創造力はここまで来たのか….