「福岡アジア文化賞」授賞式


2009年11月 三木稔

「福岡アジア文化賞」授賞式には、家内同道が義務付けられているので、10月16日東京出発、21日帰京までホテル日航福岡のスイートに5泊もするという一世一代の贅沢で女房孝行が出来ました。16日夕の受賞者懇談会では、他の3人の受賞者(フランスのオギュスタン・ベルク、インドのパルタ・チャタジー、中国のツァイ・グォチャン)夫妻と顔合わせ、挨拶に「この賞は、生存者に与えられるものと言われていたので、大病をしたけど必至で今日まで生きた」と自己紹介し、場を和らげました。
17日の授賞式は秋篠宮ご夫妻も臨席され、紀子様は私のオペラのことを随分調べてこられたようで、大変なお立場なんだなと、嘗て皇后様とお話したときのことを思い出しました。作曲家の私が芸を演じることが出来ないので、代わりに宇佐美瑠璃さんが伴奏の柳津昇翔子さんと、一連の行事で歌うべく来福してくれましたが、この日は最後に《ワカヒメ》の『蝶の歌』で豪華に締めてくれました。祝賀会では中国のツァイ・グォチャン夫妻といろんな話が出来たのがよかったです。
18日は学校訪問に行く前に、東京からわざわざ取材にこられた読売新聞の松本さんに2時間近くも個人インタービューを受け、《愛怨》の存在をメトのインテンダントに紹介したことなど、近年の記者の中では興味の持ち方が深いのが嬉しく、10月2日に大きなスペースで書いてくれました。
私が訪れた箱崎清松中学校は箏合奏が盛んで、沢井忠男作曲《石筍》の息の合った緻密な演奏が聞けました。後のスピーチで新筝の由来や有為性を教えましたが、これら優秀な学校でも新筝(21絃)を常備させるのは相当先のことだろうと、いつものことながらつい考えてしまいます。
19日は、20日の市民フォーラム「三木稔の世界」のなかの合唱のリハーサルが大問題でした。福岡は合唱が盛んですが、スケジュールの都合で、今回歌ってくれるのが、セミプロ的に活躍してきたRKB女声合唱団。私の合唱曲は男声・混声に片寄っていて、女声のまとまったオリジナルは書いていないので、初演前のオペラ《きみを呼ぶ声》の前奏を連ねた女声合唱組曲《岬・道行》を御前崎市のNPOの了解を得て、この機会に仮初演をしてもらうことにしていました。ただし、正指揮者が演奏当日は他県での仕事で振れないので、作曲者が指揮することが条件付けられていたのです。
山荘に滞在中から、少しずつまだ音を聞いていない組曲に慣れるようにしてきたのですが、まだ潰瘍食で力が入らないので、数日前になって、私が駄目なときに振れる人を準備してもらいました。一応全曲練習状況を聞く意味で、腰掛けて指揮しながら意思の伝達をしましたが、友人の荒谷俊治の弟子で風貌がそっくりの横田諭先生がうまく指揮しておられたので、安心して任せることにとを即決し、ホッとしました。
コンサート当日、福岡銀行本店大ホールでは、第一部に地元の福岡や熊本を中心にした演奏家が三木作品を4曲。最初は《三つのフェスタルバラード》第3章の《木偶まわし》を筑紫女学園高校箏曲部が、まだ練習途上らしいが真摯な演奏。次いで《岬・道行》をPKB女声合唱団が横田諭指揮で堂々と演奏。アンコール的に《あしたまた》も好演。次いで藤川いずみさんが組織した九州勢での《結? Flowers & Water》。ヴァイオリンを弾く次女 希生子の芸大1年先輩という後藤龍伸さんが組織する弦楽四重奏、ハープそして尺八・新筝・太棹の邦楽器トリオが、このような曲の存在を愛でて、熱心に練習を重ねた成果を聞かせてくれました。
第一部最後は、私のオペラアリアを沢山レパートリーに持つ宇佐美さんが、この日は《じょうるり》から『奈良坂行けば』、《静と義経》から『愛の旅立ち』、そして《ワカヒメ》から『蝶の歌』を今度はカットなく演奏、全ての内容が誰にも理解できる美しい日本語で、きりっとしたスピントを主にしながら、あるいはリリックに、あるいはドラマティックに歌い分け、九州の聴衆に私のオペラアリアの一部ながら正しく紹介して、日本にもアリアありと感じさせる存在感を示してくれました。
市民フォーラム「三木稔の世界」後半は、民族音楽学の泰斗である藤井知昭さんとの対談で進められましたが、私が藤井さんたちと一緒に創造した《照手と小栗》など幾つかの音楽劇を回顧してくれた後、東西管弦楽の対立と融合を果たしたと海外の研究者にいつも言われる『鳳凰三連』の終曲、クルトマズア指揮ゲヴァントハウス管弦楽団と日本音楽集団による《急の曲Symphony for Two Worlds》の、ベルリンでの録画の冒頭をDVDで見せて現代器楽での東西南北問題を話し、次いでオペラ《源氏物語》の冒頭、朝倉摂さんの豪華な舞台装置の前で歌われる平安宮廷での合唱賛歌や桐壺帝の回想。そして市販のDVDを使って新国立劇場委嘱初演の《愛怨》第3幕、聴衆もマスコミをもなべて呻らせたシズカ楊静の秘曲《愛怨》伝授のシーン演奏から最終章、囲碁対決から侍女柳玲のカタルシスに至る劇的な展開を聞かせ、見せました。前半とあわせ3時間を要しても、満席近い聴衆の誰も帰らず、日本のアイデンティティを持った、市民の誰もがのめりこめる力のあるオペラの創造によってこそ、日本のオペラが世界一級のレヴェルになれる実感を、九州の方々に実感していただけたと思います。


三木 稔