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三木稔 オペラ日本史連作 作品紹介

隅田川/くさびら 組オペラ(個別の上演、能楽堂以外での演出も可)
作曲年◆1995年
台本◆能(原作:観世元雅)及び狂言「茸」台本よりふじたあさや
委嘱初演者◆芸団協(創立30周年記念)


隅田川 オペラ1幕

時と場所◆15世紀、隅田川河畔
関連する当時の代表的芸能◆能樂

ストーリー
 攫われた子を探して京から遥か東の隅田川河畔に着いた狂女。隅田川を渡る舟の中で、渡し守が語る丁度一年前の現実から、我が子は旅の疲れでこの地に果てたことを知る。残された塚に詣で、念仏を唱えると、子供の声が…。しかし、つかの間の幻聴か、そこには春草が生い茂るのみ。極め付きの悲劇の室内オペラ化。

登場人物◆狂女(Sop)、渡し守(Ten)、旅人(Bas)ほか6〜8人の混声重唱
楽器編成◆Vn、Vc、Cl & B-Cl、新箏(21絃)、打楽器
音楽時間◆56分
アリアなど◆狂女《子を思う親は》、狂女+渡し守+重唱《私も舟に乗せてくだされ》、渡し守(または+重唱)《それは去年の3月15日》、狂女+渡し守《のう船頭どの》、狂女+重唱《今までは逢える望みを》


くさびら オペラ1幕

時と場所◆15世紀(時不特定)、所の者の屋敷。
関連する当時の代表的芸能◆狂言

ストーリー
 所の者は屋敷に大きなキノコが無闇に生えるので気味が悪くなり、山伏に祈祷を頼む。山伏は屋敷に行ってもったいぶって祈祷を始めるが、キノコは山伏が祈る度に増え、大きくなり、自在に動き回り、山伏や所の者に向ってくる。山伏は疲れ果て、キノコどもに追われてついに逃げ去る。この狂言を作曲者は、かつてセクハラの犠牲となった女たちがキノコに化けて復讐する痛快な喜劇として作曲。

登場人物◆山伏(Ten)、 所の者(Bar) ほか6〜8人の混声合唱
楽器編成◆Vn, Vc, Cl & B-Cl, 新箏(21絃)、打楽器
音楽時間◆28分
アリアなど◆山伏+所の者《道行》


初演(組オペラとして)◆1995年、銕仙会能楽研究所
隅田川=狂女:宇佐美瑠璃、渡し守:篠崎義昭、旅人:堀野浩史、ほか
くさびら=山伏:篠崎義昭、所の者:境信博、ほか
演奏:結アンサンブル(Vn:三木希生子、Vc:船田裕子、Cl & B-Cl:小林聡、新箏(21絃):山田明美、打楽器:臼杵美智代)
演出:ふじたあさや
上演回数◆(2005年まで):組オペラとして4次7ステージ+隅田川1ステージ

作曲者ノート◆《静と義経》作曲完成直後、2時間のフォークオペラ《照手と小栗》作曲初演、アデレード・フェスティバルの招待作曲家として8作品演奏、歌座のフォークオペラ《うたよみざる》ツアー、秋のニューヨーク・フィルの《急の曲Symphony for Two worlds》米初演と続く中、別のオペラ作曲の話が待っていた。芸団協が30周年記念に制作する能題材の《隅田川》と狂言題材《くさびら(茸)》を能楽堂で上演する室内オペラである。
 私の日本史に沿ったオペラ構想に15世紀は必須、しかも能・狂言と関連するとは願ってもない題材だし、2時間以上の大きなオペラばかり並ぶ私のオペラ連作の中に、あわせて2時間とかからない室内オペラ規模が一つ位置するのはまさに天恵だった!
悲歌劇《隅田川》
 《隅田川》は能とブリテンの両傑作を超えなければ創作の意味がないと考えた私は、謡曲と《Curlew River》の録音を度々聞きなおし、当初は絶望的な困難を感じる。そして、そこから敢えて日本のオペラにしなければならない理由を探り始める。楽器は?アンサンブルの形態は?モードは?上演様式は?
 悩みつつ、歌の断片をメモし、一旦洗練を捨てて素朴で力強い音楽の原点に戻ろうと決める。群集の念仏を追加し、その野趣が狂女の悲しさを倍化させるよう計る。 行方知れぬ子を追って、京からはるばる隅田川のほとりにたどり着いた狂女が、子の死を悟り、念仏に回向する決心をするあたり、能やオペラ台本上、狂女の歌が突如客観に次元を変えるところ、敢えて合唱にその役割を廻した。狂女は私のオペラでは常に主情的でなければならない。客観性は不要と貫く。
 同じ発想をしたくなくて、今まで決して開かなかった《Curlew River》のスコアをここで初めて開けてみる。救済劇として成立させるためにこうなるのだろうが、ブリテンの表現はとてもくどい。私は一瞬の閃きを求め、人工的な救済劇には向わなかった。情緒がこぼれようとも、自然の成り行きの中でこそ、人は感動を体感し、真の運命を悟る。それにしても《隅田川》は極め付きの悲劇だ!
喜歌劇《くさびら》
 狂言の《茸》を見たとき、私はその喜劇性にあまり満足しなかった。オペラでは西田尭舞踊団の9人の女性ダンサーが茸として出演する。ならば、彼女たちは山伏にセクハラされた者たちで、その復讐の物語に仕立てよう。そう閃いた後は、楽しいアイディアが続々出てくる。いいかげんな詞を台本に追加してもらい、ごまかしの祈祷をする山伏に、合唱はおかしげなオノマトペで対抗し、《隅田川》と共通編成の舞台上の室内アンサンブルが、奇妙奇天烈に囃し立てる。こんな愉快な作曲作業は久しぶりであった。
 組オペラの初演評は9割がポジティヴだったが、「室内オペラとして愛されていくだろう作品」と書いた朝日のコラムの表現を、スタート地点で素直に頂く。この作品は能楽堂のみならず、通常のホールどこでも低予算で上演でき、極限の深い表現はもとより、オペラ入門の悲劇と喜劇のTwin operaとなり得る位置につけたと思う。




三木 稔