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INTERVIEW 2001.2
読売日響・月刊「Orchestra」2001年2月号から(インタビュー)
作曲家・三木 稔氏に聞く
“共楽の広場” 創った〈大地の記憶〉

聞き手 諸石 幸生(音楽評論家)

 さる11月、三木稔の新作〈大地の記憶〉がクルト・マズアの指揮で初演された。それは3管編成のオーケストラとアジアの民族楽器(中国の琵琶、モンゴルの馬頭琴、日本の箏、尺八、ガムランの打楽器)とが一同に会して鳴り響き、20世紀を振り返るとともに、来たるべき21世紀の未来像をイメージ豊かに思い描かせる空前の大作であった。三木氏の構想はふくらむばかりで、この〈大地の記憶〉は最終的には2時間を要するであろう〈地球交響曲〉の第1楽章になるというが、作曲活動に燃える三木氏に、作品の背景、初演前後のマズア氏とのやりとり、将来的構想などにつきうかがった。



 まず作品構想の背景からお聞きしたいのですが。

「おおよそは初演プログラムに書いたとおりで、人類の文化遺産たる東西の無数の音楽や音楽様式を引用しながら、豊かだった過去からのスタートを考えました。私のオペラ第1作〈春琴抄〉で、地歌・筝曲のあの美しい旋律を、ほうっておけば一生知らずに終わるオペラファン・洋楽ファンに、原曲とは違った表現法で知らせてあげる義務を感じ(原曲のままだと、きっと美しいと感じないことも怖れました)、『借景の美学』を編み出して私の論理を実行したことを思い出します。
 それが私の確信に沿うものとなり、今回も21世紀の未来像を描くことにつながったと思います」


 耳を傾けていて覚えた感動の1つに、この作品が逞しく生きぬいてきた庶民の歴史を総合させた気迫を感じさせた点です。それは1人の天才や特別の事件で20世紀を象徴的に総括するようなものとは異なり、歴史を支えてきた民衆の歴史、庶民の営みを、視線を低くしてとらえた作品であるように思われました。そこには、大地に根をはやした各民族の伝統音楽の強さと優しさ、多様な美しさ、生命の歌の輝きがあったように思われますが。

「それは大変うれしい指摘です。私はずっと真に人間的な創造行為を目指して、作曲やプロデュース活動をやってきました。これは、いわゆる『現代音楽』とははっきり違った道であったため、高みからの視線しか跡を残さない『業界』からの恩恵は一切受けられませんでした。しかし私の道こそ、この破産同然の20世紀の『現代音楽』とは異なる、人々を守る本当の『前衛』の行為だと思っています。東洋の民族音楽の扱いにしても、エスニックな興味や、いつもいやな思いをさせる融合・フュージョンといったアプローチでなく、民衆の生活から生み出され、淘汰され、ゆえに真に美しく、生命力を持った音楽のみが、今私たちを新たな希望に誘ってくれると信じます」


〈大地の記憶〉に採用された中国の琵琶、日本の二十弦箏と尺八、モンゴルの馬頭琴、そしてジャワのガムラン音楽、これらを選択された背景、理由というのは?

「それぞれの確固たるアイデンティティを持った民族音楽が一緒に出会い、規律をもって競い、楽しみ合える場は、そう簡単には存在しません。オリンピックが長い歴史を経て今日あるように、音楽でも真の民族交流の広場を私は夢見てきました。今回も、大変難しい局面を作曲時にも、リハーサル時にも経験しました。しかし結果として『共楽の広場創り』が実現されたと思います。
 5種の楽器は、アジアの現状で私が最もすばらしいと思う楽器です。〈地球交響曲〉を発想した当時、器楽だけの前半に、たとえばオーケストラアジアのような楽器を西洋オケと一緒に使うことを構想しました。しかし現実に舞台にそれらは並べては乗せられません。そうした現実的問題もあって、東洋を代表できる少数のソロ楽器を考え、個性を持ち、地域的にも分散していること、また、西洋オケの中でソロをして、舞台でPAの必要のない音量を持っていることも大きな条件として決定しました」


 アジアの音楽と西洋のオーケストラ音楽は、三木先生の中でどのような比重あるいはバランスで存在しているのでしょうか。ことにオーケストラというのは、先生にとってどのような魅力あるいは触発する美しさを持っているのでしょうか。

「私は東西を同じ重みで愛しています。あまりにも世から忘れられた東のバランスを回復するため日本やアジアの合奏に献身していますが、西洋オーケストラのための作品を書きたくてうずうずしていたのも事実です」


 今回、〈大地の記憶〉は三木作品の良き理解者であるマズア氏の指揮で初演されましたが、作品に対するマズア氏の反応、マズア氏の指揮による初演を聴かれての三木先生ご自身の感想は?

「マズアさんは『急の曲』をもう15回も振っておられます。1つの交響作品の指揮、しかも同時に存在させることが物理的・経済的に大変なこの曲のようなシチュエーションでは、稀有のことではないでしょうか。今回もリハーサルは日を追ってド迫力というかカリスマ性を発揮し、マスア氏の音楽家としての真髄を見た思いでした」


〈大地の記憶〉は、最終的には2時間近い大作になるであろう〈地球交響曲〉の第1楽章にあたるとのことですが、完成時期の目標は?

「これはつらいご質問です。完成は80歳代になると想定しています。私は奇蹟を起こす予感があります。でも今はまず第8のオペラを完成して、日本史に沿った稀有の連作を通貫させねばなりません。その先を期待してください。第2楽章は常に念頭においていますが、この形がまだ見えていないのです。第3楽章が声楽を伴った後半になりますが、それは今までの長い構想の中にちらほら見えてきていますが」


 作曲活動に追われる日々だと思われますが、音楽を離れた時間というのはお持ちになっているのでしょうか。その寸暇に没頭される音楽以外のことは?

「私はテニスを学生時代からやっています。妻もやりますし、この25年ほど一緒にやってきた仲間たちとの強いつながりが私の財産です。大声で笑ったり、ストレス発散に大いに役立っています」


 有り難うございました

読売日響・月刊「Orchestra」2001年2月号から(インタビュー)


三木 稔