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2003.5
2003年5月 のメッセージ集

溢れるような反対の声を無視し、国連を切り、強引な大義や名分を立てて弱い他国・他民族・他宗教を攻撃し、世界の帝王のごとく振舞うアメリカ帝国主義に我慢がならない。このような世界の動向の中では、芸術家たちは常に無力感にひしがれる。アメリカの友人たちも憤怒の想いであろう。この世紀を人類は生き延びていけるのであろうか。

丁度50年書きつづけ、昨年、136というベートーヴェンの生涯作品数に達した私の全作品を年代順に並べたリストがやっと完成しHPに載せた。この後、作曲の合い間に時間を見つけ、ジャンル別に作品を分類し、曲ごとのデータ―を追加するつもりである。

作り上げた作品リストをじっくり辿ると、作品番号を付けた纏まった曲のみならず、他の小曲に至るまで、自分の信条としてきた「アイデンティティを持ちつつの共生・共楽」の思いが垣間見える。反戦平和の願いはいつも水脈となって底流していることを確認できる。

ここ数ヶ月、反戦の機運はつとに盛り上がったが、昨年11月オーラJで「私たちは二度と戦わない」と題して定期演奏会を行った際、そのテーマを嫌い、チケットを買わなかった人たちが如何に多かったことか。反戦がトレンドとなって動くのでは間に合わない。58年前、誤った教育や偽りの大義に駆り出さて海軍将校を目指し、焼夷弾や機銃掃射に晒され、バクダッドの民衆のように進駐軍を迎えた体験者として、声を大にして叫びつづける。しかもブッシュは解放者ではない、侵略者である。世界中がブッシュを見て危うい世紀の予感を共有する現在、日本人が平和ボケしている場合ではなかろう。

ブッシュにへつらうわが国の宰相が、オペラや芸能に通う姿をよく見たが、私は彼が日本の真のアイデンティティ創造の擁護者であると感じたことは一度もない。

同じ伊福部昭先生門下で、長年の畏友だった石井真木が突然逝ってしまった。あれほど自信に満ち、豪快だった怪傑にしてがんには勝てなかった。伊福部門下の良き先輩だった芥川也寸志・黛敏郎や何人もの同僚、そして7つも若い石井真木までいなくなった。現代音楽の時代になって作品番号をつける習慣は無くなっているなかで、敢然と自作にOpusを付け始めたのは真木だった。彼も私同様136を作曲家としての大目標としていたに違いない。少し手前で潰え、さぞ無念だったろう。冥福を祈る。

割合最近の情報を満載した What'sNew(2003/3/7) はメッセージ欄に移しました。

著書「オペラ《源氏物語》ができるまで」に収録する予定で書いたものの、スペースの問題で載せられなかった三木オペラ余話を、「三木オペラへの招待」の中に掲載しました。

『オペラ作品への招待』歌楽(からく)を追加しました

三木 稔