コリン・グレアムが遂になくなりました、合掌

2007年4月7日 13:55 三木稔
私の永年の親友コリン・グレアムが闘病していた心臓の病に勝てず、今朝亡くなったとセントルイス・オペラ劇場から下記のように通知がありました。

《Curlew River》などベンジャミン・ブリテンの後半の6オペラの初演演出をして、片腕と信頼され、後を任せれてEnglish Opera Groupを率いていた 1972年末に、「われわれのオペラに東洋の血を加えたいから君と一緒に仕事をしたい」と手紙をくれたのが私との最初の出会いです。かれは直後にEnglish Music Theatreに改組し、1979年にロンドンのOld Vic Theatreで《あだ An Actor's Revenge》世界初演の演出を果たしました。大新聞から「ブリテン同様の大成功」と讃えられ、BBCからすぐヴィデオ化したいと言われながらコリンは、イギリスオペラ界の体質に飽き足らず、当時並行してその職にあったEnglish National Operaの演出部長の地位も捨ててアメリカに渡りました。1981年《あだ》の米初演をまたも大成功させたOpera Theatre of Saint Louis(OTSL)から彼の台本、私の作曲で1985年のOTSL第10シーズンで初演するオペラを任されたと言って「稔、一緒に頑張ろう」と電話してきたのが、ついこの間のようです。

そうしてロンドンでの《あだ》の練習中から計画していた人形浄瑠璃世界を描く《じょうるり》が1985年に彼の演出で世界初演されるまで、コリンも私もこの世界を生きるのに惨憺たる辛苦をなめました。あの作品の純粋性はそうした受難の末に形作られたのかも知れません。

ロンドンでの《あだ》成功以来、私は、何とかして彼の仕事を日本に紹介したいと、あらゆる機会を探っていたのですが、1988年、遂に日生劇場でOTSLによる《じょうるり》英語版日本初演が実現しました。最初に私に日生劇場をご紹介くださった羽田孜さんを筆頭に、ご努力いただいた多くのスタッフや関係者に、私はコリン・グレアムの遺志を合わせて、今ここで深い感謝の意を表明します。

その後、私は英語の文献の殆どない古代の題材を求めてグランドオペラを書き続けたせいもあって、彼やOTSLがいつでもOKだよと望んでくれた共同作業のチャンスをつくれなかったのですが、コリンは興味を持った《うたよみざる》の英訳《The Monkey Poet》を1993年に仕上げてくれました。その93年末より《源氏物語》創作の長い葛藤と金策への苦心の時期を経て、2000年の《The Tale of Genji》世界初演に漕ぎつけたとき、心臓の病のある彼は、歩くことも叶わぬ状況だったのですが、練習が始まるや否や見る見る元気を回復し、彼と彼が作り上げてきたスタッフ・キャストにしか出来なかった《源氏物語》世界初演を完璧な成功に導きました。2001年日生劇場での日本初演以降は、落合良さんのリーダーシップで、沢山の浄財を集めて撮られたハイヴィジョン記録があり、一般公開が成功すれば、皆さんに、如何にコリンが優れた台本作家・演出家であるかを理解していただけると思います。

400以上のオペラを演出しているコリンは、《ワカヒメ》のCDを聴いて「自分の知るかぎり最も美しいオペラの一つ」と激賞のメールを寄越し、超多忙の中、その英語版を完璧に作り上げ、日英両国語版をもった美しい出版もBCAからなされました。これも福武財団や私の高校時代の友人・先輩たち多くの浄財で陽の目を見たものです。

朝倉摂さんのご努力で2005年《じょうるり》日本語版初演がTheatre 1010で行なわれた時、不自由な体をいとわずコリンは来日しましたが、その厳しい演出と日本語テキストへの適切な配慮までする彼に、私は目を瞠りました。練習中の一日、《源氏物語》の大画面でのテスト上映を見てもらい、彼は大いに感動しました。ホテルから西川口のスキップシティへの往復を運転しながら、私は心に描いている二十世紀のオペラの話しをしましたが、「そのオペラも必ず一緒にやろう」と語り合ったのがオペラについての最後の会話になってしまいました。オペラ一つを現前させるには、さまざまな条件を克服せねばなりません。彼の演出で欧米で実現させたかった《The Monkey Poet》と《Wakahime》の夢も果たせないままに終わりました。

各オペラの初演のたびに彼は、「稔、お前の言うことが総て優先されるのだよ」と私を100%信用し、《あだ》の米初演は指揮まですることができました。彼あってこそ、私は日本史オペラ連作を書き続けることが出来ました。

歌舞伎・人形浄瑠璃から源氏物語、そして民俗芸能まで日本に興味を抱き続け、オペラを通して世界への道を共に切り開いてくれた、英語圏切ってのオペラ演出家コリン・グレアムの永眠を、ここに謹んでご報告いたします。

合掌
ニューヨーク・タイムス4月9日付朝刊(英文和訳

三木 稔