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三木稔 オペラ日本史連作 作品紹介

あだ An Actor's Revenge オペラ全2幕(英語・ドイツ語・日本語各版あり)
作曲年◆1979年
原作◆三上於兎吉「雪之丞変化」、英語原台本◆James Kirkup、ドイツ語台本◆Claus H. Henneburg
日本語台本◆武本明子の文学的翻訳を基に、三木稔、三木那名子、海津勝一郎、友竹正則(共同制作)

時と場所◆18世紀、江戸
関連する当時の代表的芸能◆歌舞伎
ストーリー歌舞伎女形雪之丞は、両親を殺めた悪代官土部三斎に悪徳商人川口屋・広海屋という仇の3人に復讐すべく、親代わりの菊之丞と計画して彼らに近づく。欲に目のくらんだ3人は仲間割れを起こし、雪之丞の手を煩わせることなく、次々と悲惨な死を遂げる。だが何も知らず雪之丞に身も心も捧げ、雪之丞も愛するようになった土部の娘、無垢な浪路もまた巻き添えを食って狂い、隅田河畔で死にいたる。悔恨の雪之丞は僧となって祈りと瞑想の中で浪路と合体する。

登場人物◆雪之丞(Ten)、浪路(Sop)、土部三斎(Bas)、川口屋(Ten)、広海屋(Bar)、将軍(Ten)、菊之丞(Bar)、平馬(Bar)と混声または男声合唱
楽器編成◆オーケストラ(2.0.2.0-1.0.1.0-3Perc-Vn,Va,Vc)と新箏(21絃)・三味線・小鼓
音楽総時間◆2時間20分
アリアなど◆浪路《わが心に春は今》、土部+広海屋+川口屋《地獄の沙汰も金次第》、浪路+雪之丞《木蓮の蕾よ》、広海屋《金じゃ金じゃ》、合唱《米寄越せ》、合唱《火事だ》、合唱《ぶち殺せ人でなし》、平馬《いつもお前の晴れ姿を》、浪路《今捨てられて》、雪之丞《よく見よこの面影》

委嘱初演者◆English Music Theatre
世界初演◆1979年、ロンドンOld Vic Theatre
 雪之丞Kenneth Bowen(マイムと踊りStephenJeffries)、浪路:Marie Slorach
 指揮:Steuart Bedford, 新箏(21絃):野坂恵子、三味線:今藤早苗、小鼓:高橋明邦、EMT Orchestra
 演出:Colin Graham(コリン グレアム)、振付:花柳錦之輔
米初演◆81年=セントルイス・オペラ劇場(指揮:三木稔、演出:Colin Graham)
ドイツ初演(ドイツ語版)◆87年=ミュンスター市立劇場(指揮:児玉宏、演出:Wolfram Mehring)
日本初演◆84年=日本オペラ協会(雪之丞:大野徹也、浪路:中沢桂、指揮:星出豊、演出:栗山昌良、振付:花柳錦之輔)
出版◆Faber Music, London (英・独・日本語版ボーカルスコア) (オケパート レンタル) (日本ではヤマハが代行)
上演回数◆8次27ステージ(2005年まで)
世界初演評デイリーテレグラフ、ガーディアン、他より
米初演評セントルイス・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、他より
作曲者ノート◆《春琴抄》のオペラ化を、台本のまえだ純氏から打診されたのは72年12月。その10日後に、イギリスから一通の手紙が来た。第二次大戦後、ベンジャミン・ブリテンが創設したイングリッシュ・オペラ・グループの演出家コリン・グレアムからで、新しいオペラを一緒にやろうというものであった。グレアムは、体調を崩したブリテンからグループの全権を受け、後イングリッシュ・ミュージック・シアターと改める。
 私の作曲受諾後しばらくして、題材に当時ロンドンで上映されていた市川昆監督の『雪之丞変化』を使おうということになった。《春琴抄》から百年を遡り、18世紀、歌舞伎に関わる題材であるが、私は、仇・婀娜・徒・空の意味を合わせた「あだ」を作曲のポリシーとした。
 オペラ《あだ》(英語タイトルAn Actor's Revenge)は、日本通の著名な詩人ジェームス・カーカップの英語台本に作曲し、79年にロンドンのオールドヴィック劇場で世界初演された。スチュアート・ベッドフォード指揮、コリン・グレアム演出。主役の雪之丞は、新箏・三味線と並ぶ語り席で歌うケネス・ボーエンと、踊り演じるステファン・ジェフリーズの二人一役が効果を挙げた(2000年東京芸大奏楽堂公演の折、大間知寛が始めて歌と演技を一人で演じる)。ロンドンでは、ウエーバー作曲《オベロン》以来、英オペラ界が153年振りに外国人に委嘱したオペラとして話題を呼んだ。
 当時はまだ慣れていなかった英語での作曲で、プロローグなど全面的に書き直しを要求され、ストレスアクセントの勉強からやり直した。第1幕はシーン毎に指摘が少なくなり、第2幕では一切直されなかった(ちなみに、《あだ》は英語でのみ作曲し、とても日本語版を考える余裕などなかった。日本語版は再演でやっと定着させることが出来たほど苦労した)。気になる世界初演評だったが、デイリーテレグラフは「オペラがオールドヴィックに凱旋」とタイトルし「的確で洗練された作曲と、控え目だが熟達した演奏は、東西の要素の融合というだけではすまされない、ゆったりと、しかし有無を言わせぬ整然とした力強さ。このオペラを包み込んでいる伝統はきっちりと反映され、音楽はすべての仕草を雄弁に語る。不要なものを削ぎ落とした非常に精巧なイディオムは、凶暴といってもいい力と、極限に達した情念を強烈な形で調和させている」。ガーディアンは「三木は真に天賦の才能を持ったドラマティックな作曲家だ」。ブリジット・シファー・コンタクトは「擬東洋音楽だとか、東洋を彷彿させるとか、東洋的雰囲気があるとか、そんな表現をするわけにはいかない。メリスマ的要素とリズミックな表現を結びつけた、実にモダンとも言える音楽様式で、舞台上で歌手の声が乗ると真に素晴らしい効果がある。これは、とうの昔に役目を終わってしまってはいるが、実は遠い東洋音楽の品質証明であったはずだ。相容れないはずの諸々の要素の融合に気づけば、私はこの音楽に強烈に心奪われ、東西の音楽が和解と融合に向かう新たな道が見えたと感じる音楽体験をした、と述べさせてもらっても誇張とはなるまい」と書いた。他の数十も合わせ、グレアムは「完勝だ!」と話してくれた。
 作品もブリテンのオペラ並みの成功、と社長のドナルド・ミッチェル氏を感動させたフェイバー・ミュージック社は、ドイツ語版・日本語版も合わせたボーカルスコアを出版し、米独日で何度も上演され、今も欧米で企画に挙がることが多い作品となった。




三木 稔