Photo
2006.12
2006年12月 のメッセージ集

 新国立劇場委嘱のオペラ《愛怨》世界初演が無事終わった。それは『三木稔、日本史オペラ8連作』の完成を意味する。連作中《あだ》《じょうるり》《源氏物語》という英語を上演第一言語として作曲したオペラそれぞれが欧米で最高度に受容された体験が自信となって、世界に例のないオペラ連作作曲という重く厳しい作業に耐えてこられたし、《愛怨》も作品そのものについては100%の自信を持っていた。
 しかし1997年にオープンした新国立劇場での日本人作曲家の初演オペラの決して明るくない受容史を知っているので、ブラボーに勝るブーイングの覚悟も当然必要であった。また、日本人作品のみならず、年間11本の新国主催オペラの多くが近年集客に苦しみ、値引きの噂まで飛び交っていたのも心配なことであった。
でも幸いそういった予測は《愛怨》には当てはまらなかった。
オペラ《愛怨》初演評のページへ】
新国立劇場の舞台写真へ】

 33年間、休む間もなく書き続けた『三木稔、日本史オペラ8連作』が完成したら、とにかくしばらく休みたいと考え続けてきた。しかしその間不義理してきたたくさんの要件が山のように溜まっていて、《愛怨》の昨年7月脱稿後、逆に大車輪でその処理を始めたことは1月のこの欄に書いた。《羽衣》や《レクイエム》の「花の歌」の作曲が完成して初演が成功し、同時に血圧の大問題が発生して救急車のお世話になったことも。

 ここからは、その後の報告である。まずは4月。今年で10年目を迎えたシズカ楊静とのコラボレーションは無窮動の仕事で、4月14日ルネ小平、21日サンポートホール高松で私のトーク付きで行われたシズカ楊静コンサート(マネージメント:ジャパンアーツ)の合間を縫って、小スペースの効果を最大に生かした大阪や東京のミニ・コンサートでまたシズカ・ファンが増えていく。新国の大舞台での秘曲《愛怨》の、あの万人の感嘆と合わせて、もっとこの天才を世に広める手はないのだろうか。皆さんお力を貸してください。

 《じょうるり》と《愛怨》のHD録画の編集が終わり、《源氏物語》とあわせ、プロデュースされた「結の会」落合良さんと、スタンバイ状態の3つのハイヴィジョン収録オペラの公開のための前例のない各種権利問題に悩み続けている。DVDで3作の国際市場での発売を真摯に提案してくれている会社もあるのに、もどかしい限りである。

 一方、八ヶ岳北杜国際音楽祭が順調にスタートした。
二十世紀は東西の対立と融合をテーマに無数の試行がなされた。私も主として海外の音楽祭などでテーマコンポーザーとして参加する機会が多かった。この解決されていないテーマに対して、現在の日本では極めて消極的、あるいは末梢的なのが心配である。また東西問題は,日本から見ると日本vs欧米では解決できず、アジアを含めた巴型の、また東西のみならず古今を意識した追及がなされるべきである。八ヶ岳南麓での『北杜国際音楽祭』は今まで利用されてこなかった夏の高原音楽祭の最適地で、8月18日(金)、19日(土)、20日(日)に開催し、その永遠のテーマを諮る先駆的な催しの芽を開かせる試みであった。初回は、自分の長年の夢を遂げるための行動であるから、みずから委員長となって実行委員会を組織し、芸術文化振興基金に申請して助成を受け、北杜市の共催を求めて地域との連帯をも図った。多くの知己がボランティアで協力してくれ、感謝のほかない。第一回の今年は、西からスイスのルチェルン音楽祭の中心メンバーで構成されるChamber Soloists Luzerne(CSL)、東からアジア民族楽器のトップソリストで構成するAsia Ensemble(AE)と、邦楽器群の進歩的創造的団体であるオーラJ(Aura-J)を糾合して、未来の「東西音楽交流の聖地」を目指す、一般聴衆にも理解し易い形を基本的に提示した(www.hokutofestival.com 参照)。
東西交流の実践には特別出演のソリストたちも登場、殆ど宣伝もできなかったのに、各公演はそれぞれ満席に近く、舞台と客席の盛り上がり方からいって画期的な成功と言ってもおかしくないかもしれない。
私は98年に小淵沢の1,000メートル地点に仕事場を開設したが、同じ年、すぐ近くに東京から本社を移した素敵な化粧品会社がある。その(株)アルソアが、来年は音楽祭の大きな柱になってくれる。野外劇場も作ってくれ、今年の長坂会場と合わせてアルソア会場を併用し、会期を8月22日(水)〜26日(日)の五日間に拡大して行なうプランを、休む間もなく作成中である。
尚、この音楽祭で同時進行させた下記のコンヴェンションがある。特記に値するであろう。

 いろんな情報では、邦楽器の新しい合奏に挑んで、苦楽を共にしている方々が多くなり、殆ど各県で新しいタイプの合奏団が活動しているが、その団体間の連絡や友好関係が殆どない。かつて邦楽器の新しい合奏運動を提唱推進した一人として、私はそのことをとても心苦しく思ってきた。今回、八ヶ岳『北杜国際音楽祭』を開催する機会に意を決し、その重要部門として『全国現代邦楽合奏団コンヴェンション』を併設できたことで、30年近い私の胸のつっかえが取れた。上記HPの
全国現代邦楽合奏団コンヴェンションのページ】に詳しいのでごらん頂きたい。ホスト団体になったオーラJの事務局や団員たちはヴォランティアで大奮闘し、100人近い参加者からの共感と感謝を受け、来年も続いて開催をすることになった。

 今年のしばしの休憩は、来年07年の徳島国民文化祭に県知事から依頼されている11月4日のグランドフィナーレのプロデュースの開始までのつもりだった。そのプロデュースには《ふるさと交響曲》とフォークオペラ《幸せのパゴダ》の作曲が含まれている。音楽祭の準備中から作曲を始めて9月半ばに《ふるさと交響曲》が完成した日、今最高にもてているオペラ演出家・岩田達宗に依頼した《幸せのパゴダ》の完成版が丁度届いた。満を持して作曲を始める。「日本史オペラ8連作」とまったく趣を異にするこのフォークオペラを、創立して20年の「歌座」のノウハウを継承する新カンパニーで初演することになろう。是非ご期待あれ。

1970年度の芸術祭大賞を受賞した日本コロンビア4枚組LPセット「日本音楽集団による三木稔の音楽」が、日本ウエストミンスター株式会社で3枚のCDになって9月から順に発売される。幻の名盤になっていたが、たくさんの人たちから長年望まれていた珠玉の演奏が遂にCDで聞かれる。タワーレコードなど主なレコード店でどうぞ。
第1集=序の曲、天如、古代舞曲によるパラフレーズ
第2集=ソネット、凸、孤響、四群のための形象
第3集=くるだんど、筝譚詩集(第1集)、はばたきの歌

11月8日〜11日、アメリカ・テキサス州オースティンであったPASIC(Percussive Arts Society International Convention)06からの招待を受けて10月末から行ってきた。この行事は、毎年開催地を変えて行なわれ、世界中から7.000人もの打楽器関係者が集まるという打楽器のメッカ的祭典で、私が頼んだわけでもないのに”New and Unknown Marimba-Percussion Works of Minoru Miki” という1時間のコンサートをやってくれるという提案だった。私のコンサート自体、千人近い聴衆が最後に間髪を入れないスタンディング・オヴェイションで応えてくれたり、全曲出版されたり、とても有意義だったが、日本ではまず報道されることのないPASIC自体、国際的には極めて重要な祭典だったので、PASIC06紀行報告を書いた。その原案を読んでいただきたい。

16日に帰国したら、オーラJが文化庁の「本物の舞台芸術体験事業」ツアーで演奏する邦楽器による伝説舞台《羽衣》のリハーサル中。02年以来、邦楽が必修になったといっても教育時間の取り合いで、とても子供たちに充分な伝統楽器教育などできない現場に、深く印象に残る体験を与えたいと、昨秋私は命がけでこの演目の創成に関わった。団員たちはとても充実した公演をしたという意識を持ってツアーを終えたようだ。

10月から在米中、そして帰国後の11月一杯、さまざまな芸術助成機関に「なんとか私たちのこの企画への助成をお願い」と書き綴った申請書の数7件!例のない分野の申請はまさに創造行為である。本当に疲れ果てた。

2年前から度々予告されながら、新たな編曲や困難な校正などで遅れに遅れていた「三木稔オペラアリア集(上)」が遂に校了して全音楽譜から出版される。《春琴抄》《あだ》《じょうるり》《ワカヒメ》の4オペラから21のアリア!ボーカルスコアはオペラへの理解・練習用なので、オーケストラの各要素を一杯詰め込んであり、一人のピアニストでは弾けないことが多い。私の監修下ではあったが、このアリア集は普通のピアノニストが誰でも弾けるよう、3年がかりで戸川夏子さんはじめオペラのコレペティとして練達のピアニストたちが伴奏を書き改めた。初演が英語だった《あだ》《じょうるり》の日本語は、あたかも日本語がオリジナルだったかのように細部をチェックし直した。日本のオペラのアリア集出版は、かつて例のない快挙だと皆さんが言っている。07年3月4日(日)津田ホールで東京室内歌劇場のフレッシュな歌手たちによって、このアリア集収録の全アリアを歌うコンサートが催される。12月20日ころには楽譜が店頭にでるそうだ。是非お買い求め、お楽しみください。

三木 稔