Photo 2009.12
2009年12月 のメッセージ集
昨秋、まだ日本語での初演がされていない日本史オペラ第七作《源氏物語》が、アリアを中心に1時間少々のハイライトコンサート(と解説)の形で、10月7日山形の文化都市鶴岡で、オケ・合唱付きで日本語で演奏された。(細目は過去のメッセージ欄に移動)ソリストが素晴らしい方々だったこともあり、予想を遥かに超える大反響で、プロデューサーは、これを更に充実させて各地で上演計画を真摯に考えているそう。

11月、文化庁「本物の舞台芸術体験事業」で採用されたオーラJの邦楽器による伝説舞台《羽衣》を、今回は特別に私が指揮して近畿南部を3箇所廻った。途中久しぶりに訪れた那智の滝の、前回感じたと変わらぬ、女性美の極致のような造詣は、副鼻腔炎に悩まされていた私の気持ちを救ってくれた。

また、かつて私の歌座で260回も上演したフォークオペラ《うたよみざる》が、東京室内歌劇場の製作で、同じ文化庁「本物の舞台芸術体験事業」に採用され、12月に東北北海道で8回上演され、弘前での初日を鑑賞。久しぶりに私の作品を演出して、とても私に気を使ってくださった栗山昌良先生と津軽の一夜を楽しく飲み食いして、心から打ち解けることが出来た。

しかし、その後から私には大変な試練がつづいた。私は「頭のよくなる手術」などとふざけて友人にメールしたが、12月に、杏林大学病院でのいろんな検査の中で、頭部MRIに、老人によくある慢性硬膜下血腫がぎりぎりいっぱいであることが分かり、17日に慢性硬膜下血腫穿頭ドレナージという手術を行なった。去年、《羽衣》の指揮をするため、出発する新幹線東京駅のプラットフォームで、かつてなかった手すりに頭を大きくぶっつけたのが原因の一つだったようで、袋が2つ出来ていて、今回3/4しか血が出てこず、暮れの25日一旦退院した。…以下全文

一方、発覚以来9年目になる前立腺がんは、ホルモン治療のおかげで、これまで全く普通人のように生活できた。しかしこの療法も一方の薬が必ず効かなくなるときが来るので怖い。今私はその危険水域にいて、今後は女性ホルモン剤が頼りだ。…以下全文

一方で私は、昨年徳島の国文祭グランドフィナーレで初演したフォークオペラ《幸せのパゴダ》が、当時あまりに上演条件が悪く、練習中から若手最高のオペラ演出家である岩田達宗と話し合って、台本から全面的に書き直してもらい、完全歌化・オーケストラ化して、日本史オペラ連作最後の第九番《幸せのパゴダ》として作曲し直す決意をしていた。昨年10月、2時間のボーカルスコアが完成(それまで既に2年以上の作曲時間を要している)。ある劇場がやるという情報があったので、完全オペラ化を急いでいたが、責任者が代わって企画が立ち消えたようで、やり始めていたオーケストレーションは…以下全文

海外でのいいニュースもある。2010年2月20日を初日に、ハイデルベルクの劇場が第八作《愛怨》のドイツ初演を日本語(ドイツ語字幕)でやる。それもなんと夏までに10〜15回上演するという。2006年新国立劇場での世界初演の折り、ドイツの有名なオペラ誌“Opernwelt”が取材に来て、それに載った批評を見たハイデルベルクのオペラ監督がスコアとDVDを入手し、前任者と新任の監督と演出家の3人が"What a beautiful masterpiece !"という感動の言葉と一緒に、どうしても自分たちが《愛怨》のドイツ初演をやりたいと言って来た。…以下全文

3月18日、四谷区民会館でのオーラJ第23回定期公演では、邦楽器による伝説舞台の第2弾として《浄瑠璃姫物語・異聞》を榊原徹指揮で初演する。1982年に名古屋グリーンエコーの委嘱で作曲した山崎正和作の大合唱劇《峠の向かうに何があるか》を原作とし、昨年夏、ソプラノ・メゾ・テノール・バリトンの4ソリストとオーラJの邦楽器群とに書き直した80分。この楽団に私が提供するおそらく最後の大規模作品は異聞の名が付くエンターテインメントとなった。当日は満員の聴衆を得て、声楽・器楽とも最良の演奏をしたと思う。歌手たちに使ったマイクが低すぎた後悔があるが、世界同時不況に暗くなっている聴衆の殆どが、異例の作品を文句なく楽しんでくれたらしい。

去年、我が家の周辺は終戦前後にしか体験したことがないような運命の集中攻撃を受け、さすがの私も生きていくポテンシャルを維持するのに大きく揺らいだ。やっと精神的にも回復しつつあり、2009年は瑞兆を得て、残り少ない創造生活を力強く生き抜きたいと思う。春から、御前崎市から頼まれた、4人のソリストと女声合唱(伴奏は当面ピアノ)で出来る一幕のオペラを、台本:武村知子、演出:金子根子のお二人と、楽しみ企みつつ書き10月31日の初演に備え、5月13日には全6場の冒頭に状況を詩的に歌う合唱部分が完成、女声合唱組曲《岬・道行》(15分)として現地で練習に入った。21日第1場が完成、ここまでは順調に来た。

20年前の1990年に、アジア交流都市を目指す福岡市が創設した「福岡アジア文化賞」を私が受賞することとなった。その「芸術・文化賞」は20年目にして最初の日本人受賞者であるという名誉なことである。受賞理由や各行事については公式ホームページwww.asianmonth.com をご覧頂きたい。受賞者の弁を下記のように用意した。…以下全文

第4回八ヶ岳「北杜国際音楽祭」は、主催公演が8月7日(金)〜11日(火)、参加公演が12日〜14日に行われる。今年は世界同時不況のため緊縮予算を余儀なくされ、恒例の企画が2つほど今回休演せざるを得なかった。開催予告も大幅に遅れた。しかし「東西音楽交流の聖地創り」の夢に沿って、今年も参加者全員気持ちを新たにして取り組んでいる。お盆直前の賑やかながらすがすがしい高原の音楽祭で、ぜひ皆さんとお会いしましょう。詳細はホームページ:www.hokutofestival.comをご覧くださるようお願いします。

昨年12月18日から、今年の6月18日までの丁度半年間に、何しろ大きな手術を4回もやったので、戦後入院や手術をまったくしたことのなかった私も、さすがにまいりましたが、今は元気にリハビリをしながら、ゆったり作曲をしていますので、オペラ作曲の進行とあわせ御報告します。先に進むために1年近くを総括しましたが、前半(▲)は、少々内容が違うといっても、すでにHPにも書いてあり、ご存知の方も多いので読み飛ばしてください…以下全文

「福岡アジア文化賞」授賞式には、家内同道が義務付けられているので、10月16日東京出発、21日帰京までホテル日航福岡のスイートに5泊もするという一世一代の贅沢で女房孝行が出来ました。16日夕の受賞者懇談会では、他の3人の受賞者(フランスのオギュスタン・ベルク、インドのパルタ・チャタジー、中国のツァイ・グォチャン)夫妻と顔合わせ、挨拶に「この賞は、生存者に与えられるものと言われていたので、大病をしたけど必至で今日まで生きた」と自己紹介し、場を和らげました。
17日の授賞式は秋篠宮ご夫妻も臨席され、…以下全文

邦楽創造集団オーラJの第24回定期は、10月14日四谷区民ホールで行われましたが、私が長年温めながらなかなか企画できなかった「新筝協奏曲特集」が新筝誕生40周年の機に芸術文化基金の助成を受け、芸術祭参加公演として現前し、様々の過去が走馬灯のように巡って、客席から聞いていて胸が熱くなりました。3月の〈浄瑠璃姫物語・異聞〉に続くオーラJの大型企画で、こういうコンサートを続けていれば、オーラJの世間からの信頼はいやでも高く深くなっていくと自信を持ちました。
まず木村玲子さん。…以下全文

10月31日昼と夜の二回、1時間一幕のオペラ《きみを呼ぶ声》の初演が御前崎文化会館で、予想をはるかに超えるレベルで初演されました。静岡国民文化祭に参加するからといって頼まれ、日程的に無理なのと、およそ常識とかけ離れた予算しかなくて、どうやって上演するのだろうと最初は断るつもりだったことはHPにも既に書きましたが、仕事の日程が移動したので引き受け、いわばオペラ入門としても有用で、現在のような不況下でも上演できるオペラを書こうと気持ちを入れ込み、この3月から夏の終わりまでかかって書き上げた、いわば「エコ・オペラ」です。途中で大腸がんの手術と、その後の十二指腸潰瘍の療養で、半ばは病床などで呻吟しつつ書いた、自分も初めての体験満載の作品です。…以下全文

私の受賞と傘寿の会を、現代邦楽関連の懐かしい顔ぶれと、結の会の合同主催で12月6日13:00から日比谷東京會舘の隣の東商ホールでやってくれます。今回は準備の時間が足りなかったのでオペラや洋楽器関連に呼びかけたり案内するのは遠慮しましたが、私の知人は誰でも参加していいそうです。「邦楽ジャーナル」代表の田中隆文さんの下記の別事務所に連絡して参加(会費1万円)してください。邦楽以外の方も結構いらっしゃいます。いい演奏も聞かれます。

祝う会実行委員会 東京都新宿区高田馬場4-9-11-605
邦楽アソシエーション内 電話03-5338-9530


三木 稔